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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)89号 判決

控訴人

摂津市

右代表者摂津市長

井上信也

右訴訟代理人

内田剛弘

外八名

右指定代理人

田主信生

外五名

被控訴人

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

緒賀恒雄

外四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人が当審において追加した予備的請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一保育所設置費国庫負担金の支払を求める主位的請求について

一控訴人が大阪府に所在する普通地方公共団体たる市であること、控訴人が児童福祉法(以下法という。)三五条三項の大阪府知事の認可をえてその主張(請求原因一の2)のとおり四保育所を設置したこと、右の本件各保育所がいずれも控訴人主張(同一の4)のとおり措置児童を入所させるための保育所であること、控訴人が本件各保育所を設置するにつき徴収金、寄附金その他の収入のなかつたことはいずれも当事者間に争がなく、〈証拠〉によると、控訴人が、本件各保育所の設置(正雀保育所については改築、その他の三保育所については創設)に関し、原判決添付別表(二)及び(三)の1ないし4記載の金員(合計額九、二七二万九、九九〇円)を同添付別表(四)の1ないし4記載の時期にそれぞれ支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

二そこで、控訴人が、右各保育所の設置に要した費用につき、その支弁した金額の二分の一に相当する金額を国庫負担金として、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下、適正化法という。)所定の交付決定を経由せずに被控訴人国に支払を求めうるか否かについて検討する。

1  本件負担金の関係法規をみるに、地方財政法一〇条の二の五号は地方公共団体が実施する保育所を含む児童福祉施設の建設に要する経費の全部又は一部を国が負担すべきものとし、同法一一条は右経費の種目、算定基準、負担割合は法律又は政令で定めなければならないとしている。そして、法五二条、五一条二号、控訴人が本件各保育所を設置した当時の児童福祉法施行令一五条一項、一六条一号(以下、法五二条等という。)は、主として措置児童を入所させる保育所の設備に要する費用については各年度において市町村が支弁した費用の額から、徴収金、寄附金等の収入の額を控除した精算額の二分の一を国庫が負担すべきものと定めている。

2  本件負担金を含め、地方財政法一〇条以下に規定されている地方公共団体に対する国の負担金と同法一六条所定の地方公共団体に対する国の補助金とを比較するとき、同法上これらの性質に異つた点のあることは右各規定からみて明らかであり、とくに、前者は義務的なものであり、後者は裁量的なものである点において大きな差異があるというべきである。また、負担金についての関係法令を検討すると、法令の文言において、負担金算出の基礎となる経費の額を実支出額に求めるもの(例えば、義務教育費国庫負担法二条等。尤も同条は、同時に特別の事情あるときは国庫負担額の最高限度を政令で定めうることを規定する。)と基準額に求めるもの(例えば、義務教育諸学校施設費国庫負担法三条、五条、七条等。尤も右三条は同時に、政令で定める限度において、との制限を規定する。)に大別できる。そして、本件負担金については、その関係法令たる法五二条等は、市町村等の支弁した費用の精算額に対する負担割合を定めるのみで、右負担金算出の基礎となる経費の額については基準額その他の限度を定めておらず(尤も、昭和四八年政令三七一号による施行令の改正により厚生大臣の承認を受けた保育所につき基準額方式により国庫負担がなされるものとなつた。)、したがつて、市町村等の支弁額を基礎とすることを予定していたものと解される。

3  〈証拠〉によると、昭和二二年九月一八日の参議院厚生委員会において、政府委員が、児童福祉法案の説明として控訴人の主張(当審において付加した主張一)の趣旨のとおり述べていることが認められ、当時の立法関係者において、本件のような国庫負担金を地方公共団体の支弁する費用額に対する法定の割合により算出される法律上の義務費と考えていたことを推認することができる。また、〈証拠〉によると、法施行(昭和二三年一月一日)の直後、一時、保育所設置費国庫負担金が地方公共団体の実支出額を基礎として算出、交付されたことのあることが窺われる。尤も、その期間、その内容の詳細については、これを確認するに足りる証拠はない。

4  以上の認定、説示からすると、本件負担金の交付についてその関係法令たる法五一条等の規定するところは、国の裁量にかからしめるものではなく、義務的なものであり、また、前記法施行令からみれば、その交付額は市町村の現実の支出額を基準とするものであつたということができる。

5 ところで、国が負担金を交付するに当つては、各市町村等の設置する保育所が国庫負担の対象となるべきものであるか、また、このために市町村等が実際に支弁した費用のうち国庫負担金算定の基礎となるべきものの範囲、その客観的に是認される金額等につき、これを具体的に確定する必要があるところ、この点については、前記法五二条等の規定自体によつては明らかでなく、これを判定するための何らかの手続を要することは当然である。また、一般に、国が負担金を支出する以上、右負担金が市町村によりその目的に従い適正に使用されるよう、国に監督権限を与え、負担金の使用が適正を欠く場合には、相当の措置をとることができるようにする必要があり、これらの点についても別途法律上明らかにしておくことが要請される。以上の点については、財政上厳しい制約があり、住民の監督の下にある地方公共団体が不必要な児童福祉施設を設置するはずはなく、保育所等につき必要以上の設備をなし、無用に資金を投入するはずもないから、前記のような性質の保育所設置についての国庫負担金は市町村が現実にそのために支弁した費用の実額により明白であり、なんら国側の認定、判断を必要とするものではないという反論があろう。しかしながら、国庫負担金交付の適正と公平をはかり、国家予算の適正かつ効率的な執行を期するうえにおいて、各市町村が支弁したとする費用がなんらの査定を経ることなく、そのまま当然に国庫負担金算定の基礎となり、無条件にこれが交付されるものとするのは相当でなく、右負担金の交付についても、法的規制の必要性を無視することはできないというべきであり、右は法五二条等の趣旨に反するものではない。

6  一方、適正化法は、国庫負担金を含む補助金等の交付の不正な申請及びその不正な使用を防止し、補助金等に係る予算の執行が適正に行われることを目的として制定され、補助金等の交付に関する基本的事項を定めるとともに、各省各庁の長が所掌の補助金等に係る予算を執行するに当り、補助金等が公正かつ効率的に使用されるように努めるべき責務等を明らかにし、補助金等に関しては他の法律等に特別の定めのあるものを除くほかすべて同法の定めるところによるべきものとしている。

同法及び同法施行令は、負担金を含む補助金等に関し大要次のとおり定めている。

(一) 補助金等の交付申請をしようとする者は、所要事項を記載した申請書等を各省各庁の長に対しその定める時期までに提出しなければならず(同法五条)、各省各庁の長は、右申請があつたときは、所要事項を調査したうえ、当該補助金等を交付すべきものと認めたときは、交付決定をしなければならない(同法六条一項)。右の場合に、適正な交付を行うため必要があると認めたときは、交付申請に係る事項につき修正を加えて交付決定をすることができ(同条二項)、また、交付の目的を達成するため必要があるときは、交付決定に条件を付することもできる(同法七条)。

(二) 補助事業者等は、法令の定め並びに交付決定の内容及びこれに付された条件等に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行わなければならず(同法一一条一項)、補助事業等の遂行状況に関し各省各庁の長に報告しなければならない(同法一二条)。各省各庁の長は、補助事業等が交付決定の内容又はこれに付された条件に従つて遂行されていないと認めるときは、これらに従つて遂行すべきことを命じ(同法一三条一項)、この命令違反に対しては当該補助事業等の一時停止を命ずることができる(同条二項)。

(三) 補助事業者等は、補助事業等が完了したときは、各省各庁の長にその成果を報告しなければならず(同法一四条)、各省各庁の長は右報告にかかる成果が補助金等の交付決定の内容及びこれに付した条件に適合するものであるか否かを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定して補助事業者等に通知し(同法一五条)、適合しないと認めるときは是正措置をとるよう命ずることができる(同法一六条)。

(四) 各省各庁の長は、交付決定をした場合において、その後の事情変更により特別の必要が生じたときは、交付決定の全部又は一部を取消し、又はその決定の内容若しくはこれに付した条件を変更することができ(同法一〇条一項)、更に、補助事業者等が交付決定の内容又はこれに付された条件に違反したときは、交付決定の全部又は一部を取り消すことができ(同法一七条)、右取消しがされた場合には、取消された部分につきすでに交付された補助金等については返還を命じなければならず(同法一八条一項)、これを国税滞納処分の例により徴収することができる(同法二一条)。

(五) 補助金等の交付決定、その取消等補助金等の交付に関する各省各庁の長の処分に対し不服のある地方公共団体は、処分の通知を受けた日から三〇日以内に右各省各庁の長に対して不服を申し出ることができ、この場合に、右長は、不服を申し出た者に意見を述べる機会を与えたうえ必要な措置をとり、その旨を不服を申し出た者に通知しなければならない(同法二五条二項、施行令一五条)。この措置に不服のある者はさらに内閣に対して意見を申し出ることができる(同法二五条三項)。

7  右に掲げたとおり、適正化法五条ないし一〇条の規定及び同法全体の趣旨、構造からすると、一般に、国から補助事業者等に国庫負担金を含む補助金等が交付されるについては、その適正を期するため、まず所管の各省各庁の長に対し交付申請がなされることが必要であり、各省各庁の長は、右申請に基づき、その権限と責任において、交付要件の存否のみならず、交付すべき補助金等の額及び交付するにつき付すべき条件等を審査、判断し、交付すべきものと認めるときは、交付決定をすべきものとし、各省各庁の長の右交付決定を経由せしめることによつて、はじめて補助金等の具体的請求権を発生させるとともに、補助事業者についても交付された補助金等をその目的に添つて使用し、補助事業等を適正に遂行する義務を生ぜしめ、一定の場合には右交付決定の取消により、いつたん発生した補助金等の交付請求権を消滅させることができるものとしているのである。

以上の適正化法に定める制度は国の予算の執行である補助金、負担金、利子補給金等の交付につき統一的に採用されているものと解するのが相当であり、本件のような保育所設置についての国庫負担金については、法五二条等は前記のように国庫の負担及びその割合を定めるのみであつて、その交付等に関し特別の定めを設けていないから、右適正化法の適用を当然受けるものというべきである。

控訴人は、本件保育所設置費国庫負担金は、法五二条等の定めるとおりいわゆる義務型実額タイプに属するものであるから、適正化法の適用につき、裁量的な補助金やその他の形態の負担金と同列に論ずべきでなく、この種負担金については同法の適用は排除されるべきである旨主張する。しかしながら、この種の国庫負担金の交付についても適正化法のような法律の規制を不要とするものではないことは前記のとおりであり、同法の規定全体を通じてみると、この種の国庫負担金を同法の適用外として取扱うことを予定しているものとは認められない。また、適正化法は法施行後に制定されたものであり、本件負担金の性格、法立法当時の関係者の考え、法施行当初における右負担金交付の実状等については前記のとおりであるが、補助金等の交付に関する基本法というべき適正化法が制定され、同法施行前から法律により定められていた負担金についても一般にこれが適用されることとなつた以上、保育所等児童福祉施設の建設に要する費用についての負担金のみが同法の適用外にあるとする根拠を見出すことはできない。

また、控訴人は、適正化法は主として補助金等の前金払概算払が不正に申請又は使用されることを防止することを目的とする一般的手続であり、本件保育所設置に対する負担金のように現実に市町村が支弁した費用の額に対する法定の割合によつて負担金が定まるものとされている場合には、不正申請、不正使用の余地はなく、厚生大臣による裁量が介入する余地もないから、適正化法の定める交付決定を要することなく、国庫負担金請求権は法五二条等自体によつて生ずるものであると主張する。しかしながら、適正化法は国の前払金、概算払金の支払について定められたものであると解する根拠はなく、法五二条等が本件保育所設置当時負担金につき控訴人主張のような規定のし方をしており、右以外に前掲地方財政法一一条にいう国庫負担の対象となる経費の種目、算定基準等につき具体的な定がなかつたからといつて、市町村の現実に支弁した費用につき、国庫負担金の算定の基礎となるべき客観的、合理的費用は幾許と認めるべきか等の認定、判断は適正な予算執行の責任を有する厚生大臣としては行わざるを得ないものであることは前記のとおりであつて、特段の除外規定が設けられていない以上、右負担金についても適正化法五条、六条の適用があり、同条の定める交付決定を要せずして法五二条等から直ちに具体的な国庫負担金請求権が発生するものということはできない。

〈証拠判断略〉

8  控訴人は、適正化法は法五二条等に対する手続法にすぎず、適正化法六条の交付決定は実体法上の請求権を確認する事実行為であつて、処分性がなく、公権力の発動を伴わないいわゆる形式的行政処分であるから、既に実体上発生した請求権に基づき負担金の支払を訴求できると主張する。

しかしながら、適正化法に手続法的な面があるとしても、同法の趣旨、全体の構成からみれば、同法上の交付決定をなすについては、行政的審査が不可決であるとともに、具体的な補助金等の額の確定を第一次的に行政庁の決定にかからしめ、他方右決定に伴い補助事業者等につき一定の義務を生ぜしめることは前示のとおりであり、右交付決定は形成的、処分的性格を有するものであり、この種の行政庁の行為をいかに名付けるにせよ、これに処分性なしということはできない。而して、右の交付決定が法五二条等に基づく国庫負担金の交付にかぎり性質を異にするものとなると解することは、適正化法の解釈上、及び前記説示に照し採ることができない。したがつて、右交付決定の内容につき、あるいは交付決定がなされないことにつき不服がある場合には、抗告訴訟(不作為違法確認を含む。)の方法により司法審査を求めて出訴することができるものと解されるのであつて、右交付決定を経ずに、本件負担金の支払を求めて直接裁判所に出訴できる具体的な請求権があるとする控訴人の右主張は採用し難い。

9  次に、保育所設置の認可がある以上交付決定を経ずに負担金請求権が発生するという趣旨の主張については、市町村のなす保育所の設置については法三五条三項により都道府県知事の認可を受けることが義務ずけられており、この認可が国からの同知事に対する機関委任事務であること(地方自治法一四八条二項別表第三の五〇)は法令上明らかであり、本件四保育所につき控訴人が法三五条三項の大阪府知事の認可をえていることは前記のとおり当事者間に争がない。しかしながら、〈証拠〉によると、法三五条三項の認可は、これによりはじめて当該保育所が児童福祉法上の保育所となるのではあるが、他方、この認可は主として児童の健全な育成を図るという観点から保育所の施設設備が児童福祉施設最低基準その他法令に定めるところに合致しているかどうか等について審査を行うためのものであつて、前記国庫負担金の交付決定についての予算執行上の行政審査とはその観点が異るものであること、両審査の時間的関係についても前者が後者に先立つて行われなければならないものではなく、むしろ負担金交付申請手続が終了し、施設が完成した後に認可申請手続が行われるのが通常であり、本件保育所についてもこれの例外でないこと、以上が認められるのであつて、これらの点からすると、保育所の設置につき法三五条三項の認可が必要であり、本件各保育所の設置につき大阪府知事の右認可があつたことも、厚生大臣の交付決定を経ずに裁判上本件負担金の支払を請求しうる権利があることを根拠づけるに足りるものではない。

10  なお、控訴人が本件に関し地方財政上の問題として強く主張するところは、本件各保育所が設置された当時の法五二条等、とくに改正前の児童福祉法施行令一五条、一六条のもとにおいて、控訴人に負担金が全く交付されないものがあり、あるいは交付された額が控訴人の支弁した実額に対する法定の割合に遠く及ばない微々たるものであつたことにあることが弁論の全趣旨により理解される。この点に関しては、本件各保育所設置に対する負担金交付状況が控訴人の主張のとおりであることは当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、多くの地方自治体がいわゆる超過負担により財政上苦境にあり、また、いわゆる公営官費事業と官営公費事業との間において、国と地方自治体との費用負担につき均衡がとれていないとして、控訴人を含む地方自治体に大きな不満がある事実、控訴人は、人口急増都市であり、年令層の若い共働きの世帯が多く、保育所に収容すべき要措置児童の比率が他都市に比較して高いため、児童福祉のうえから保育所の増設の必要に迫られ、本件各保育所の設置を実施した事実がいずれも認められ、右事実によれば、本件負担金問題は右超過負担の顕著な事例であるとして、その是正を求める控訴人の意図は理解するに難くない。しかしながら、本件保育所が設置された当時の法五二条等のもとにおける右国庫負担金の交付又は不交付の実状については批判されるべき問題があるとしても、右国庫負担金の交付は、上記のとおり適正化法の定めるところに従つて行われる予算の執行である行政の分野に属する事項であり、前記のとおり行政処分である交付決定により負担金請求権は発生するものであるから、右行政処分を経ることなく、又は右行政処分に対する抗告訴訟によることなく、控訴人が裁判所において右行政処分に代り右負担金の額を確定することを前提として、直接国に対しその支払を訴求することは、司法裁判所の役割、権限に鑑み、許されないものと言わざるをえない。

三控訴人が当審において付加した主張四及び五について

適正化法による交付決定の性質についてはすでに説示したとおりであり、事前協議、内示の沿革等及び本件各保育所についての事前協議、内示、交付申請、交付決定の実情等は後記認定のとおりである。右事実によれば、事前協議は内示がなされる前段階の審査の一方法たる実質を有し、そのための協議書の提出は地方公共団体の翌年度における保育所の設置計画を明らかにするものであり、内示は、厚生大臣の負担金交付の予定の事実上の表示とみられ、控訴人が主観的にも客観的にも事前協議の段階において本件請求にかかる負担金につき適正化法上の交付申請をしたものと認めることは困難である。また、控訴人が右内示の内容に従つて適正化法の定める交付申請をして、申請どおりの交付決定を受け、又は内示のない保育所につき右交付申請をしなかつたことは後記のとおりであつて、その結果抗告訴訟を行う余地がなくなつたとしても、正当の事由ありとして、あるいは国が交付決定のないことを主張することが信義則に反するものとして、交付決定を要せず、又は交付決定があつたものと見做して、本件負担金交付請求権が発生するものと解することは、前記適正化法の解釈及び交付決定の性質に鑑み、かつ、後記の事前協議及び内示の段階を経て交付決定が行われる趣旨及びその運用の実情に照し相当でなく、右の交付決定に代り、裁判所が第一次的に国の負担金を裁定すべきものということはできない。もし、本件負担金の交付申請をするにつき右の事前協議、内示の過程を経るべき行政指導が違法又は著るしく不当なものであり、それにより控訴人が負担金請求権を失うに至つたというのであれば、国に対する法律関係は損害賠償請求権の存否の問題となる場合があろうが、この点についての判断は後記のとおりである。

四以上のとおりであつて、本件各保育所のうち、別府保育所については昭和四四年一〇月三一日付で控訴人の申請のとおり国の負担金を一〇〇万円とする交付決定が、香露園保育所については同四六年二月一七日付で同様に金一五〇万円とする交付決定がそれぞれなされて、既にその交付を了し、摂津保育所及び正雀保育所については交付決定が全くなされていないことは当事者間に争がない。右事実によれば、控訴人が本件において訴求する右各保育所の設置に要した費用の国庫負担金については、適正化法に基づく交付申請がなく、したがつて交付決定がなされていないことが明らかであるから、結局控訴人主張の右負担金請求権はいまだ発生していないものといわざるをえず、控訴人の主位的請求は理由がなく失当として排斥を免れない。

第二控訴人が当審において追加した損害賠償を求める予備的請求について

一事前協議、内示の沿革等について検討する。

〈証拠〉によると次のとおり認めることができる。

厚生省は、毎会計年度末に近い二月頃、全国的視点に基づく次年度における保育所を含む社会福祉施設整備計画の重点及びその国庫負担について国の基本的な方針を都道府県知事にあらかじめ知らせ、この知らせを受けた同知事は各市町村からその実施しようとしている新会計年度の保育所を含む社会福祉施設整備事業について協議書を提出させて、その説明をきき、それが具体的かつ確実なものかどうか、前記の国の方針に適合するかどうか等につき一応の審査をし、右協議書を取りまとめて総括表を作成し、同表に右審査に基づく右各事業の優先順位をつけたうえ、厚生省との間で協議を行う。この事前協議と呼ばれる協議において厚生省は、各都道府県知事(又はその補助機関)から情況説明をきくとともに、国庫負担金の交付の見込み等につき協議する。厚生省は右協議に基き前記基本方針に則り審査をし、負担金交付の対象とする事業については当該事業につき負担金を交付する予定であること及びその予定金額を毎年、六、七月頃あらかじめ都道府県知事に内示し、同知事はこれを市町村に通知する。この通知をうけた各市町村は内示をうけた事業の工事に着手するとともに、七、八月頃この内示どおりの負担金交付申請書を適正化法五条に基づき同知事を通じて厚生大臣に提出し、厚生大臣は年度末までに右交付申請のとおりの交付決定をして、同知事を通じて市町村に通知する。

以上が、事前協議、内示の仕組みであつて、これは便宜的なものではあるが、昭和二三年児童福祉法に基づく地方公共団体による保育所の施設整備の制度発足当初より行われてきており、保育所等に関する国庫負担金の交付について慣行化しているものであつて、法的拘束力はないが、事実上必ずこの過程を経るものとされてきたものであつた。

都道府県知事はこの慣行に従うよう市町村に対し行政指導を行い、右のとおり、内示があつたものについてのみ、かつ、内示された金額のとおりの金額につき交付申請をするように指導し、市町村も、あえて異議を唱えることなく、この指導に従つてきた。控訴人も昭和四八年度に設置を計画した鳥飼保育所(当初は第六保育所と称した)につき交付申請をするまでは、すなわち、本件四保育所の設置については結局右の行政慣行に従い、右の事前協議、内示の過程を経て国庫負担金の交付申請をしたのである。

右のような事前協議・内示の交付申請前手続は、毎年度、全国各市町村にわたり、各種かつ多数の社会福祉施設の整備計画が発生し、一定の期限までにこれに関する負担金交付事務を全国的に適正公平に、かつ計画的、能率的に処理する必要上生じた手続であり、しかも、各市町村における保育所施整備の需用、要望を都道府県知事や厚生大臣が事前に了知し、同施設設置の地域的不均衡の是正、負担金交付の不公平の防止に役立つてきたものであつた。

かように認定することができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

二次に、保育所設置費国庫負担金の算定方式の経緯等について検討する。

前掲各証拠によると次のように認められる。

右の国庫負担金の算定は昭和二九年度以前はおおむね厚生大臣が定めた交付基準による基準方式により、昭和四八年度以後は児童福祉法施行令(昭和四八年政令三七一号による改正後のもの)による基準方式(いわゆる定率方式)によつて行われた。

昭和三〇年度から同四七年度まではいわゆる定額方式により、すなわち、厚生大臣が承認した保育所施設につき一箇所当り次の定額によつて右負担金が算定された。

昭和三〇年度から同三九年度までは金七〇万円。

昭和四〇年度から同四二年度までは定員九〇人未満のものにつき金七〇万円、同以上のものにつき金一〇〇万円。

昭和四三度は金一〇〇万円。

昭和四四年度は定員九〇人未満のものにつき金一〇〇万円、同以上のものにつき金一五〇万円。

昭和四五年度は定員一二〇人以下のものにつき金一五〇万円、同一二一人以上のものにつき金二〇〇万円。

昭和四六年度は定員一二〇人以下のものにつき金二五〇万円、同一二一人以上のものにつき金三〇〇万円。

昭和四七年度は四段階に分け、最高で金六七〇万円、最低で金一五〇万円程度。

そして、本件における別府保育所(昭和四四年度、定員六〇名)、香露園保育所(同四五年度、定員六〇名)の各設置費国庫負担金についても右定額方式に従つて算定、算出されたのである。

なお、昭和三〇年度から、右のように定額方式が採用された理由は、保育所整備については、国、地方公共団体ともに保育所設置箇所の量的拡大を念頭においたことによるものであり、特に地方公共団体においては、個々の保育所に対する負担金交付額が低下しても、負担金交付の対象となる保育所の数を増加させることを要望したからであつた。それは、国庫負担金の対象となつた保育所については都道府県の負担金が交付されるほかに、当該地方公共団体の負担分につき地方自治法による起債の許可(同法二三〇条、二五〇条)が優先的に与えられることになつていたからである。

かように認定することができ、これを左右すべき証拠はない。

三進んで、本件四保育所についての事前協議、内示、交付申請、交付決定の実情等について検討する。

前掲各証拠によると次のとおり認定することができる。

摂津保育所については、控訴人においてその負担金交付申請書はもとより、事前協議の書面を大阪府に提出していない。その間の事情としては、控訴人は昭和四四年度の当初同保育所の用地確保の見通しがたたなかつたのでこれの創設を一旦諦らめ、正雀保育所の改築の計画をたてたが、その後、前者の用地確保ができたので、後者の計画を前者の計画に切替えたのであるが、結局前者の事前協議の書面を提出するに至らなかつた。したがつて、同保育所につき内示はなされていない。

別府保育所については、控訴人が昭和四四年二月二四日付で事前協議書(定員六〇名、同保育所設置工事費金一、〇四〇万円等とするもの)を大阪府(以下府という)に提出し、同年七月頃負担金一〇〇万円の内示がなされた(尤も書類上は同年一〇月六日付で府に対し内示があつたとされた。)ので、控訴人は同年七月二四日付で厚生大臣あての負担金一〇〇万円の交付申請書(定員六〇名、同保育所の設置工事費金一、四四六万三、〇〇〇円等とするもの)を府に提出し、同年一〇月三一日付で厚生大臣の交付決定がなされ、同年一二月二六日付でこれが府知事から控訴人に通知された(右のとおり、交付申請、交付決定、これの通知がなされたことは当事者間に争がない。)。

香露園保育所については、控訴人において昭和四五年三月四日付で事前協議書を府に提出したが、内容不備といわれて昭和四五年七月二九日改めて事前協議書(定員六〇名、同設置工事費金二、〇四〇万円、初年度調弁費金六〇万円等とするもの)を府に提出し、その頃負担金一五〇万円の内示がなされ、府知事は同年八月一四日付でこれを控訴人に通知したので、控訴人は同年九月七日付で同大臣あての負担金一五〇万円の交付申請書を府に提出したが、内容不備というので控訴人は同日付で改めて同大臣あて同額の交付申請書(定員六〇名、同設置工事費金二、〇三〇万円等とするもの)を府に提出し、昭和四六年二月一七日付で負担金一五〇万円の交付決定がなされ、同年三月二四日付でこれが府知事から控訴人に通知された(右のとおり、事前協議書が提出され、内示、交付申請、交付決定のなされたことは当事者間に争がない。但し、内示のなされた日時及び交付申請が再度のものである点を除く。)。

かように認めることができ、これを左右すべき証拠はない。

前掲各証拠によると、正雀保育所については、昭和四六年二月二三日付でこれの事前協議書(同保育所改築工事費金二、一六〇万円、国庫負担金一五〇万円等とするもの)が府に提出されたことを認めることができるが、同協議書が府から厚生大臣に進達されたことについては当審証人宮部操の証言によつてもこれを認めるに十分でなく、当審証人松原慶二の証言によると、これが府から同大臣に進達されていないことが認められ、この認定を左右すべき証拠はなく、前掲各証拠によると、同保育所につき内示のなされなかつたこと、したがつて前記慣行に従いこれにつき控訴人から交付申請のなされなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

四ところで、厚生大臣は、地方公共団体による保育所を含む児童福祉施設その他社会福祉施設の建設が総合的に、全国的規模のもとに充実して行われるべく政策を樹立する責務を負い、右の政策には自ずから国の財政の許す範囲において定められなければならない制約があることは明らかである。また地方公共団体も国庫負担をともなう事業については、地方財政法一〇条の二に規定するとおり「国民経済に適合するように総合的に樹立された計画に従つて実施しなければならない」ものであるところ、右の一、二、三の認定説示からすると、市町村による保育所の建設、整備に関する設置費国庫負担金の交付行政について、右のような国の総合的社会福祉政策及び財政上の要請並びに負担金交付手続の能率化の必要上、適正化法に基づく交付申請の前段階の事実上の手続として、前記事前協議、定額による内示の仕組み及び右内示に基づく交付申請の行政慣行が生じ、市町村側もこれを止むをえないものとして承認していたことが認められる。

そして、本件四保育所の設置費国庫負担金の交付についても、右の一、二、三の認定説示によれば、控訴人が正雀保育所改築につき適正化法所定の交付申請を行わず、別府、香露園両保育所につき国庫負担金をそれぞれ金一〇〇万円、金一五〇万円とする交付申請を行つたのは、控訴人が多年にわたる前記事前協議・内示の慣行に従い、またこの慣行に沿う府知事ないし府職員の行政指導を受入れて、厚生大臣が内示したもののみについて、かつ内示された金額どおりの交付申請をしたためであることを肯認することができる。また、右内示にかかる金額が当時としても極めて低額であつたことは認められるが、前掲各証拠によつても、その間において、厚生大臣、府知事ないしその職員が右の慣行に従うよう控訴人をことさら強要したり、控訴人に対して差別的取扱いをした形跡は認められない。

以上のとおりであつて、前記の事前協議・内示の交付申請前の手続は、それ自体をもつて不当なものということはできず、本件四保育所設置費国庫負担金に関しては、右手続を経たうえ交付申請をする行政慣行につき、控訴人において積極的にこれを支持、是認していたものではないとしても、これを容認し、これについての前記行政指導を受け入れ、右内示に即応して、右国庫負担金の交付申請を行い、又はこれを行わなかつたものであり、前認定の経過及び状況に徴すると、右事前協議・内示及び交付申請についての行政指導をもつて、控訴人がその意思に基づいて正当な国庫負担金の交付を申請する権利の行使を妨げた違法又は著しく不当な行為ということはできない。したがつて、これが被控訴人の不法行為であることを前提とする本件損害賠償の予備的請求は、その余の判断をするまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

第三むすび

以上の次第で、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は結論において相当であつて本件控訴は理由がなく、棄却すべきであり、控訴人が当審において追加した予備的請求も失当として棄却を免れないものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(外山四郎 海老塚和衛 鬼頭季郎)

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